「王のワイン」その名を冠せられた幻のシガー
キューバン・ダビドフ シャトー・ラフィット・ロートシルト
シガーラバーを惑わすビンテージ葉巻
普通、熟成葉巻とは三年前後熟成させたものをいい、ビンテージ葉巻とは最低でも十年は最適環境の中でゆっくりと育まれたものを指す。こうした葉巻は滅多に市場に出てくることはないし、たまに出てきたとしても、目玉が戸簿出るような値札を付けられていることがほとんどだ。
(中略)
おそらく、この葉巻は好事家が大事に保管していたものなのだ。しかし、彼は自分の手で育んだ葉巻を吸うことなく、この世を去った。遺産として葉巻を手に入れた子供は、しかし、葉巻にはなんの関心もなく、ビンテージ物の葉巻が高額で取引されるという話を耳にして、オークションにかけたに違いない。それが回り回ってわたしの手元にやってきたのだ−すべてはわたしの妄想だ。しかし、年代物の葉巻の深い味わいが、その妄想をどんどん捕捉していってくれるのが楽しくて、意識を過去に飛ばすことがやめられなくなってくる。
キューバン・ダビドフの伝説
ビンテージ葉巻の世界で最も有名なのは、俗にキューバン・ダビドフ(Davodoff)、キューバン・ダンヒル(Dunhill)と呼ばれるふたつのブランドだ。どちらも現在のキューバでは生産されておらず、また高品質だったと喧伝されていることから、世のシガーラバーの所有欲を刺激するらしい。
Davidoffは現在、その生産拠点をドミニカに移して、葉巻を作り続けている。エレガントな煙と白く堅牢な灰がそのクオリティの高さを証明しているのだが、ならば、キューバ時代のDavidoffはいかなる喫味だったのか、それを知りたくなるのが人情だ。
Davidoffブランドのキューバ葉巻は1992年に終わりを告げた。Davidoff側はこれについて、キューバでは品質管理ができないという理由を挙げている。キューバ側はたしか、沈黙を守ったはずで、今でも裏に隠された理由があれこれ推測されているというのが実情だ。わたしの葉巻の師匠のひとりは、今でもこう嘆いている。
「二十年前に今の経済力があったら、もっとキューバン・ダビドフを買いだめて、取っておいたのに」
こうした無数の言葉が寄り集まって巨大な集積体になり、キューバン・ダビドフの伝説が築かれていったのだ。
わたしは特別な瞬間に、秘蔵のDavidoffに火を点ける。製造から十年以上が経っても衰えぬニコチンと奔放なアロマは、確かに古き佳きキューバ葉巻の思い出を、その時代を共有できなかったわたしにはっきりと伝えてくれるからだ。
(「リアル・シガー・ガイド」(馳星周著)より)
(左写真)キューバンダビドフ・シャトーラフィット・ロートシルトのリボン。
キャビネットシガーの例に漏れずリボンでやさしく巻かれている。
幻のシガーである証、『HABANA』の文字が読めるだろうか?